2028年2月12日
■生体情報が盗まれる事件の多発
昨年の末頃より、生体情報が盗まれ、身に覚えのないショッピングの請求を受けてしまうというニュースを聞くことが多くなった。
ほとんどのケースが、顔認証や瞳の虹彩(こうさい)情報を盗まれているケースが多いという。
その実態を取材してみたいと思い、弊サイト上で募集をかけたところ、都内のITベンチャー企業でCMOを務めている横山ハリシャ京子さん(26歳)が取材に応じてくれることとなった。
待ち合わせの喫茶店に30分前に到着した横山さんは、筆者がパスタを食べているのを確認すると、「早く着き過ぎちゃいましたかね?」とフォローを入れてくれる気遣いのできる女性だ。
ハリシャというミドルネームがあったため、純日本人ではないと予測はしていたが、日本とインドのハーフで、日本語・英語・ヒンディー語が話せるエキゾチックでトリリンガルの女性であった。三か国語をほぼネイティブスピーカーとして操ることができるという。
■身の覚えのない請求
横山さんは被害にあったときの状況を詳しく教えてくれた。
「ある日、クレジットカードの明細を見ていたら、見慣れぬ請求項目があったんです。4000円くらいと少額だったので、何か注文したかなぁと思って見逃していたんですが、翌月は5万円も決済されていたので、カード会社に連絡したところ不正請求を止めてもらいました」
カード会社との交渉の結果、なんとか返金を受けることができたが、瞳の虹彩による生体認証を行った上での買い物だったため、すぐには返金をしてもらえなかったという。
「警察に相談して、同様の被害が増加していることを知りました。その情報をカード会社に伝えたら、その後はスムーズに返金してもらえました。」
「目の虹彩情報が、どこから盗まれたか分からなくて、当初は怖かったのです。
警察の話では、顔写真を自由に加工することができるアプリが原因ではないかといっていました。まだ捜査中みたいで、確定ではないようですが、被害にあった方のほぼ全員が、そのアプリを利用しているとのことでした。特に顔の写真を何枚も必要とするようなアプリは危険です。」
生体認証は、顔の形や、瞳の虹彩、耳の形、指紋、静脈、音声等々、さまざまな人体の特徴を用いて特定することができる。
15歳までインドに住んでいた横山さんは指摘する。
「日本はいまだにシングルモーダル認証が主流なので、ホント危ないと思っています。インドでは、マルチモーダルによる生体認証が浸透しているのでこのような被害にあう事は少ない状況です」
シングルモーダルとは、顔認証や指紋認証、虹彩認証等、ひとつの生体情報だけで本人確認をおこなう認証方式で、複数の生体情報をかけ合わせて認証を図るマルチモーダル認証と比べると、格段にセキュリティー上のリスクがあがってしまう。
■インドでの生体認証
インドでは、2009年からアドハーと呼ばれる総国民ID番号システムの運用を開始した。
固有12桁の識別番号(日本におけるマイナンバーに相当)を全国民に付与し、顔や指紋、虹彩情報等を登録し、堅牢なマルチモーダル認証が既に行えるようになっている。
すでに国民の99%以上の人が生体情報を登録し、インド国民13億の生活の基盤を支えている。
また、アドハ―のデータベースは、民間企業も活用できるさまざまなAPIが用意されており、本人確認や各種決済、免許証データの共有、電子契約、融資や保険等々、さまざまなシーンで活用されている。
いまだに免許証のコピーで本人確認を行い、紙の契約書にサインをし、各種公共サービスを受ける際に膨大な社会的なコストを支払い続ける日本を見ていると、暗たんたる気持ちにさせられる。
「複利は人類の最大の発明である。それを理解する者は、それを獲得し、そうでない者は、それを支払う。」
かのアインシュタイン博士の言葉だ。
非効率な社会システムが支払う、目に見えない時間やコストは、複利的な視点でみると、膨大な債務となって跳ね返ってくる。博士の言葉が正しければ、今後、数十年間の間、インド人は複利を獲得し続け、日本人は複利を支払い続けることになりそうだ。我々が気がつかないうちに…。
■取材後記
横山さんの取材に際して、期せずして、日本の国力の衰退の一端を垣間見ることとなってしまった。最初は単に詐欺被害の取材のつもりでいたが、やはり取材は足で稼ぐものだと、改めて認識させられた。
横山さんとは、その後も、別件の仕事でやり取りをさせてもらっている。滞りのないスマートな仕事ぶりを見るにつけ、つくづく優秀な女性だと感心させられる。筆者はインド事情にまったく見識がないので、躍進目覚ましいインドのIT産業についての取材を申し込むつもりだ。
潜在取材日2028年2月7日
予測執筆日2023年2月28日
記者 大坪潜在