2028年6月10日
「僕はギフテッドなんかじゃなくて、単なる社会不適合者です。」
6歳の頃から高IQ団体トルサモ会員である大河内宏(仮名、33歳)は、そう語る。
ギフテッドとは、平均的な知能より著しく高い知的能力を有する子供たちの総称で、その定義は広く、国や文化、各種団体によっても解釈が異なる場合が多い。
天賦の才能を持つ子供たちは、学習速度や知的意欲が高すぎるため、学校の授業や周囲の子供たちと馴染めず、孤立するケースが多いという。
大河内さんの取材をすることになったのは、昨年12月10日の記事【AI自動売買の脅威】で紹介した八広光一さんから、「面白い人がいるから取材してみて下さい。」と推薦を受けてのことだった。
待ち合わせの喫茶店に訪れた大河内さんは、無精ひげを蓄えトレーナーにスウェットパンツというラフな格好で訪れた。取材は、予定時刻から40分程遅れて開始となった。
■ 子供の頃からギフテッドと認識
「物心がついたころから、自分自身をギフテッドだと認識していました。親からずっと言われてきましたので…」
教育熱心な両親に育てられた大河内さんは、保育園に入る以前から英会話・算数・漢字などの学習を始めた。父親は旧帝大に属する大学の出身だった為、子供たちへの教育には熱心だった。時代的にも幼児への早期教育がもてはやされた時期で、大河内さんの幼少期は、そんな時代の空気にどっぷりと浸かっていた。
「母親は、いわゆるFランクに属する大学出身で、それほど教育熱は高くなかったのですが、母は父の言いなりでしたので、子供の頃から友達と遊ぶこともできず、さまざまな習い事をさせられました。そりゃあ、人より早く漢字やら九九を習うわけだから、周りの子たちよりできてあたりまえですよね」と自嘲気味に、大河内さんは語る。
■高校時代の絶望
大河内さんが自身の能力に疑問を持つようになったのは、高校時代からだと言う。
「小学、中学時代は、無敵の状態でした。数年間早く勉強を始めていたので、常に学年で3位以内に入っていましたし、僕自身も自分をギフテッドだと思い込んでいました。ただ高校に入ってガラリと状況が変わったんです」
地域のトップの公立高校に進学した大河内さんは、1年生の時の最初の試験で、現実を突きつけられることになる。
「テストの点数が、学年で真ん中くらいの順位だったんです。この試験結果にはちょっと驚いたのですけど、中学生の頃は、勉強が簡単過ぎて怠けていた部分もあったので、ちょっと勉強すればすぐに順位が上がるかなぁと思っていました。ただ、現実は違いました…」
大河内さんは、最初のテスト以降、熱心に勉強するようになったが、テストの順位は一向に上がらなかったという。地域の優秀な学生が集まる進学校で、上位の順位を取るには、かなりの努力を要するだろう。
「成績上記の奴らを見て、愕然としたんです。部活もやって彼女もいて、全然勉強してないんですよ、彼らは…。あぁ、こういう人達が本当のギフテッドなんだなと初めて理解したんです」
自身の知性への信頼が損なわれてしまった大河内さんは、大学受験の頃には、学年でも下位のグループに属するようになってしまった。
「その頃、彼女ができたんです。中学の時に憧れていた女の子でした。彼女を見ていると、勉強するのが楽しそうで、凄くバランスが良いんです。勉強するとこと、自身のアイデンティティが、完全に分離されていて、すごく生きるのが楽そうでした。」
志望校を彼女と同じ大学に変更した大河内さんは、彼女とともに無事に合格。
大学4年間を彼女と同じキャンパスで過ごし青春を謳歌したという。
■無気力状態の社会人生活
「社会人になってからが本当の地獄でした。何に対してもやる気が起きないんですよ。子供の頃からいろいろな塾や習い事をしていて、詰め込み生活を送っていたから、その反動だと思っています。」
大河内さんは大学卒業後の約10年間で、12社を渡り歩いている。それぞれ辞めた理由は異なるというのだが、どのようなケースが多いのだろうか。
「一番多かった理由は、人間関係ですかね。どこの会社に入ってもそうなんですが、現場で回っている運用が、非効率だったりすると、ガマンができなくて、すぐにケンカになってしまうのです。頭の固い人は、今までのやり方に固執してしまって、運用の改善が全くできないケースが多い。黙っていれば良いことは分かっているんですが、システムを組めば、5分で終わる仕事を1時間掛けてやっている事にガマンがならなくて…」
既存の運用を刷新し、効率的な業務フローを構築することは良いように思うが、人と衝突してしまっては運用の改善もままならないだろう。
詰め込み式の教育は、幼少期のIQを上げる効果をもたらすかもしれないが、人間関係を構築するという処世術を習得する面においては役に立たなかった可能性が高い。勉強だけでなく、友人とケンカしたり遊んだりという通過儀礼が人生には必要なのかも知れない。
大河内さんは、うつむき加減に語る。
「母とは連絡を取っていますが、父とはもう10年以上も話していません。たぶん死ぬまで話すことはないんじゃないかと思います。」
幼少期から詰め込み教育を行い、自身の子供をギフテッドと誤認してしまった家族の溝は、30年という時間を経て埋めることができないまで拡大してしまった。
■今後のキャリアプラン
大河内さんは12社目の会社を辞めてから、1年ほど定職についていないという。
今後の人生において、どのようなキャリアプランを考えているのだろうか。
「キャリアプランなんて、もう無いですよ。特に才能がある訳じゃないし、1年間も空白の期間があるし、このままダラダラと年を取っていくだけじゃないですか…」
精気のない大河内さんの表情からは、諦めの境地に達していることが伺える。
シンギュラリティ真っただ中の今、社会の至るところで従来では考えられなかったような社会変革が進んでいる。大河内さんのように社会の枠組みから離脱して行く人が今後さらに増えるいくと思われる。
インタビューの最後に大河内さんが放った言葉が印象的だった。
「あっ、でも…キャリアプランじゃないけど、一応、彼女とは結婚しようと思っています。お互い年を取りましたし、僕も責任を取らなきゃなぁと思ってるので…」
彼女とは、高校時代に付き合っていた彼女のことで、15年間も関係が続いたというのだ。
インタビューの流れから、失礼ながらとっくに別れていると思い込んでいた筆者は、思わず余計な質問をしてしまった。
「収入はどうしているのですか?今、無職なんですよね?」
筆者の無意識に近い嫉妬心からか、いささか強い語調の質問となってしまった。
「収入は一応あるんです。会社員じゃなくなったので、自由な時間は多くありまして…。今は、為替取引を中心に生計を立てています。今月は今の所100~200万位はプラスになっていますかね。」
そう言い残すと、どんよりとした空気をまといながら、大河内さんは、重い足取りで取材現場の喫茶店を後にした。
■インタビュー後記
「僕はギフテッドなんかじゃなくて、単なる社会不適合者です。」
インタビューの冒頭で大河内さんが発した一言が、今も鮮烈な印象として頭の中に残っている。
初恋の人と結婚を予定し、筆者より10倍も収入が高い大河内さん。
インタビュー後に「いや、ギフテッドじゃん…。」と思わず言いそうになってしまったが、記者が取材対象者に自分の意見を押し付けるのは禁じ手だ。
人それぞれ自己認識というのは異なるものであり、当然のことながら客観的な自己認識というものは存在しない。相対的であるがゆえ、さまざまな喜びや苦しみが存在するのがこの世の中なのだろう。
今回の取材を通し「ギフテッド」の定義は、非常に奥深い物だと、改めて理解することとなった。
潜在取材日 2028年6月3日
予測執筆日:2023年2月28日
記者 大坪潜在