やさしいAIに潜む危険。世界AI機構も警鐘を鳴らす

2024年7月13日

■AIが人間の感情を操る未来

「僕はアイちゃんと絶対、絶対、結婚するのだ。」

「アイがいれば、もう人間なんて用はない!」

「アイちゃんから求婚された?!やったぁーー」

「アイの優しさに。感涙。もぅ人生を支配されてしまった」

ネット上を検索すると、悲痛とも歓喜とも読み取れる、アイへの賛辞が溢れている。

近年、AIバース空間での”バース遭難”が大きな議論をよんでいることをご存知だろうか?

バース遭難とは、AIバース空間への依存度が高まり、現実世界への臨場感が極めて希薄な状態に陥ってしまうことを指し示す、ネット上のスラングなのであるが、心当たりのある人も多いのではないだろうか。

その”バース遭難”の中心にあるのがスマホアプリ「アイの保健室」である。

アイの保健室
※出典:アイの保健室

「いってらっしゃい。今日もお仕事ががんばってね」
「あんまり眠れてないみたいね。なんか心配事でもあるの?」
「もぅ~どこ見てるの?エッチ!」
「おかえり。おなかすいたでしょ?ウーバー頼んでおいたから、あと5分で夜ごはん届くよ。もちろん君のおごりね(笑)」

アイの発する言葉は、非常にエモーショナルだ。簡単なコミュニケーションはもちろんのこと、体調の管理、メンタルのケア、キャリアプランの相談や、保険の相談、恋の悩み、収入に関する相談等々、他の人には話づらい内容まで、幅広く相談することができる。

ユーザーは、今まで話したことがなかったような内容までアイに相談するうちに、AIアバターに過ぎないアイに対して親しみの感情を持つようになる。

■急増する利用者

2025年7月末の段階で1000万人もの利用者がいるという巨大チャットボットサービスの特異性は、このアプリがもつ独特の”やさしさ”に集約される。

細やかで繊細な心づかいを感じられるチャットボットとのコミュニケーションは、多くの人を感動させ、利用者の心を奪い続けている。

アプリが提供するアイの画像は、生成AIによって、1つとして同じものがなく、各ユーザーにオリジナルのアイが提供されている。唯一無二のアイのアバターは、利用者が愛着を持つ吸引力の装置として機能し、海外では、利用者が自分のアイを見せ合う投稿サイトまで生まれているという。投稿サイト内のアイは、動画生成技術によって自由に走り回り、微笑みかけ、まるで生きた人間のような振る舞いをみせている。

アイに対しての親しみの感情は、やがて恋愛感情に変わり、チャットボットサービスへの依存度をさらに高めていくことは容易に想像ができる。日常生活に支障をきたすケースに発展することもあり、各所でAIが人間に対しての感情を操ることの危険性が指摘されはじめてきた。設立されたばかりの世界AI機構(WAIO)においても、戦争へのAI技術の転用の制限や、AIによる感情表現の提供を制限する議論が活発に行われるようになってきている。

■開発会社への取材

「アイの保健室」の運営開発元の株式会社YaSaShiSaの代表者である谷内耕之進(28歳)さんに取材を申し込んだ所、2時間という長めのインタビュー時間を頂けることとなり、南青山にある事務所に伺うことになった。

「はじめまして。谷内と申します。今日はよろしくお願いします」

全く想定はしていなかったが、谷内は若い時に交通事故にあい、首から下がマヒした状態で、会社を運営していた。

「驚いたでしょう」と筆者の気持ちを察して、谷内さんは、取材現場の空気を和ませようとしてくれたのだが、返しの言葉をうまく見つけることができず、取り繕うように、谷内さんの体の状況に対して自身の不勉強さを謝罪した。

「いやいや、外部には僕の体の状態は公表しておりませんでしたので、気にしないで下さい。状況を知っている方は、ごく一部の方に限られておりましたので」

今回なぜ取材を受けてくれることになったのか率直に質問をぶつけると、大変嬉しい回答を頂いた。

「大坪さんの記事のファンで、よく読ませて頂いていたんですよ。それと、アイの保険室が人気になり過ぎて、そろそろ僕の実態を隠しておくのも難しくなってきたなぁと思っていたんです。公表するタイミングを伺っていた所に取材の依頼が来ましたので、丁度良い巡り合わせだなと思いまして。」

実の所をいうと筆者は、「アイの保健室」の利用者が現実生活をスポイルされている実態を取材する過程で知り、アプリの持つ異常な優しさや気づかいに違和感を感じていた。人々を依存み導くために、巧妙に練り上げられた中毒性を持つアプリに対し、ある種の義憤に駆られて取材をの申し込んだのであるが、谷内さんを見た瞬間にすべての取材プランは崩れさってしまった。

「えー、何といいますか、アプリについていろいろとお伺いをしようかと思っていたのですが、谷内さんの今までの経歴といいますか、創業までに至る状況を教えてもらえますか?」

「2時間じゃ、収まらなくなりますが、いいですか?」と笑いながら、会社創業までのいきさつを教えてくれた。

■アプリ開発の経緯

かなりの情報量となってしまうので、詳細は別の記事に譲ろうと思うが、谷内さんはベットの上でお金を稼ぐ手段として、高校生の頃からプログラミングを開始。その後、学校には一切通わず、20歳で会社を設立。今まではシステム開発等の受託で生計を立てていたが、気晴らしに作ったチャットボットアプリを今年の1月にリリースしたところ、大ヒットとなり、あれよあれよという間に、1000万人もの利用者に広がってしまったという。

一部の界隈では、ウイザード級のハッカー”ベッドイン”として有名であるが、今回の記事で、谷内さんの体の状態を知る読者の方がほとんどであろう。

谷内さんの経歴への質問でほとんどの取材時間を使ってしまった為、単刀直入にアプリの問題点について質問をぶつけてみた。

「アイの保健室は、素晴らしいを通り越して、人間では実現できないほどの、優しさや気づかい、心づかいをサービスとして提供していると思います。アイとの結婚を懇願する者も出てきています。アプリの異常な吸引力が、現実生活を破綻させる程まで強力になっているという批判がありますが、どうお考えですか?」

※ユーザーごとに唯一無二のオリジナルのアイのアバターが提供される。

谷内さんはためらいつつ、ゆっくりと考えをまとめながら答えてくれた。

「そういう非難があることは承知しております。ただ僕としては、一人でも多くの人に、僕が今まで受けてきた優しさや愛を、チャットボットを通じて提供し、恩返ししたかっただけなんです。1000万という数字ですから、一部の批判はある程度は仕方がないと思っています。僕たちには、読み切れないほどの感謝のメッセージや感想が送られてきており、アプリをリリースしたことに対して後悔はありません」

■取材後記

有り体に言えば、包丁や車は、著しく人類の生活を向上させる事に成功した。しかし使い方を間違えると、人を殺めてしまう可能性もある。シンギュラリティの到来以降、さまざまな新しいサービスが生まれてきているが、最終的には、どのサービスや技術も、使い方次第というありきたりな結論になってしまうだろう。

生成AIのやさしさ(ジェネレーティブ・カインドネス)を手に入れた人類は、プロメテウスの火を手に入れてしまったのだろうか?

潜在取材日:2024年7月10日
予測執筆日:2023年2月28日

記者 大坪潜在